ホテルへ帰ろうということになり、来た道を逆に辿ればホテルがいずれ見えてくるのではと、軽く考えていたのです。安価で購入したウォークマンは意外に音質も良く、よく見るとマイクから周囲の音を拾って録音する機能もついていました
潔面產品。
なんとなく気分の良くなった私は、来る道よりも一層軽い足取りといった感じです。私も彼も道を憶えているはず、でした。
しかし初めての土地では色々とうまくいかないものですね。我々は散々迷い、何度も同じ道を通り、袋小路に陥ってしまった錯覚すら感じる始末なのです。
彼の話によれば(ほとんど彼に任せていたし、自分にはもう道のことをとやかく言うだけの自信も余裕もなかったので)、ある通りに出れば彼には判るのだそうでした。
その通りはこの通りとどこが違うのか、説明を求めても碌な応えは帰ってこなかったでしょう
自閉症。
反論する気にもならず、大体何に反論をしたらいいのかも段々分からなくなり、その日は気温もだいぶ高くなっていたので、噴き出す首筋の汗が襟首から胸のあたりまでをぐっしょりと濡らす中、黙ってついていくしかなかったのでした。
彼が言っていた通りはいくら探しても見つからず、初めからそんな目印自体存在していなかったのではないか、もしくは嘘……いや、嘘をつく理由は無いだろうから勘違いだったのではないかと、あらぬ疑いを沸き起こし打ち消しては否定するを繰り返していたのです。
止めましょう、色々考えても馬鹿馬鹿しい妄想の類しか思いつきませんし、彼もまあ必死になっていると当然信じていました。少なくともただ黙って歩いているあいだは。
我々の疲れ苛立ち、焦りは頂点を迎えようとしていたはずでした。いや、ひょっとしたら気づかないうちに、行き場の無い怒りやじりじりと迫り来る焦りの感情すらも、熱帯の気候によって汗とともに流れてしまっていたのではないかなどと、後になってそんな気さえしていたほどです。
そう考えられてしまうくらい、当時の私は何よりも脱力していたのでした
露天餐廳。
妙なのです、こんな迷子のような状態を脱して一刻も早くホテルに帰りたいわけでして、しかし彼の行為はそれに反するかのものが何度もあり、良く分からないのです。
例えば私がツーリストポリスにホテルの場所を聞こうとしたときも、数メートル離れたところであらぬ方向を向いていました。まるで、彼は自分には関係が無いことであると振舞っているとしか見えないのでした。
あるいは、道が分からなくてどうしても教えて欲しいなら勝手にすればいい、俺は本当に知っているから訊かないよ、現地の人間ならまだしもツーリストポリスに尋ねたりするのは、素人旅行者っぽく思われて恥ずかしいことなんだと言わんばかりに。
さらにその数十分後にタクシーのほうから声を掛けてきたときにも、ホテルの場所を知っているならば運転手が連れて行ってくれるはずだと今度こそ期待したのです。が、車を呼びとめ話をしようとすると相方はあからさまに拒否をして、そんなことしなくても大丈夫と言い切ったのです。
もうその状況では一刻も早く解決策を見出したい、いや最早[モハヤ]縋りつきたい気持ちだったわけですね。なのに折角の機会を無碍[ムゲ]に断った……。